夏休みがはじまったなと思っていたら、あっという間に8月になっていました。

せいさ国際高校のすごいところは、夏休みなのに毎日のようにずっと様々なゼミを開催してくれているところです。

1学期休んでしまって、単位が足りなくても、好きなゼミに参加すれば、単位にしてくれるんです。

中学校まで不登校ぎみだった子どもには、本当にありがたいシステムだなと思いました。

ゼミは、子どもたちからの希望も取り入れられていて面白いものがたくさんあっています。

息子くんは、ほとんど休まず1学期を過ごせました。

でも、1年生は、5つは、必ずゼミに参加ということだったので、息子くんも勉強系と運動系と絵画系のゼミを選びました。

それと別に、せいさ国際高校から手紙が来ました。

『夏期講習申し込みのお知らせ』

おおおおー!!!きたー!!!

すごいねぇ。せいさ、ゼミとは別に、勉強する夏期講習もしてくれるんだねー!!!

現代文、小論文、英語基礎、受験英語、数学Ⅰなどなど。

1講座5日間とおして、3500円という、とても安い受講料で、受けたいものだけ受講できるということでした。

息子くんも、受けてみたいと言いました。

それで、4講座を申し込みました。

夏の暑さ真っ只中、息子くんは、毎日夏期講習に行くことができました。

息子くんは、汗だくで家に帰ってきます。

そのままシャワーを浴びると、一日の話を楽しそうにしてくれました。

「オレさ、びっくりしたんだけど、夏期講習ほとんど先生とマンツーマンなんだよー!!!」

来てもオレとあと一人で、二人とか・・・。

え?どういうこと?

申し込んだ子が少ないの?

そうみたいなんだよー。しかも、体調悪くなって来れない子もいるみたいだよ・・・。

オレさ、メッチャ勉強してると思うよ。だって、先生とむかい合わせなんだよ。

絶対遅刻しちゃいけない気がする・・・。

おおおー!!!

それはすごい夏期講習だねー!!!

せいさ国際高校の夏期講習の先生たちは、偉大でした!!

大学入試に向けての基礎を作るテキストを何冊も準備してくれました。

もったいないよー。この授業、すごいよねぇ。

しかも、マンツーマンで、この受講料とか・・・。

息子くんは、高校生になって、小学校2年生以来はじめて母以外の先生に、勉強を教えてもらえました。

5日間、無事全部の講座を受け終わることが出来た息子くんが言いました。

「オレさ、すごくこの5日間で学力が上がった気がするよ。これからも勉強して、将来は、せいさ国際高校の先生になって、オレも子どもたちに、勉強を教えられるようになりたいと思うよ。」

せいさの先生たちのおかげで、また息子くんは、勉強を続ける気持ちをもてたようです。

本当に、ありがたいなとしみじみ母は、感謝しました。

夏期講習が終わって、1日だけお休みして・・・。

母は、また今日1日で勉強するテキストを、朝、息子くんに渡しました。

息子くんは、またいつもどおり、勉強を黙々としていきます。

母が課題を出して、息子くんが勉強をする・・・。

いつもの生活に戻った我が家でした。


来年も夏期講習があるといいなーと思う母でした。


# by chie_tknr | 2018-08-20 18:58 | 学校の事 | Comments(0)

息子くんの高校はじめての三者面談の日が、近づいてきました。

のん気な親子は、すっかりいろいろな事に気をとられて、あんなに心配していたのに、三者面談の事をすっかり忘れていました。

もうすぐ、単身赴任の旦那さんが東北から帰ってくるなぁと、何気なくカレンダーを見て、母は、やっと三者面談を思い出しました。

息子くんが、電話で旦那さんと話しています。

「それでさー。父さん、帰って来る日が三者面談なんだよー。母さん行きたくないんだって。一緒に行ってくれる?」

え?母が高校に行きたくないから、旦那さんが代わりに行くっていう話になっちゃってるの?

それは、たすかる?いやいやいや・・・。

高校に行って、病んでしまった旦那さんを看病するほうが、もっと嫌だー!!

母は、もう息子くんだけ行けばいいのにと、本気で思ってしまいました。


旦那さんが、家に着いて息子くんに言いました。

「僕が、息子くんと一緒に高校に行くよ・・・。」

え?でも、昔トラウマになったよね。もう二度と行かないって言ってたよね・・・。

顔色悪く旦那さんが言いました。

「大丈夫・・・。何とか行けるよ・・・。」

ムーリー!!!

母が行くから、旦那さんは、家でゆっくりしててね!!


そう話したはずだったのに・・・。なんでなんだろう?

車に母と息子くん、そして、青ざめた旦那さんが乗ってしまったー?!

待って。これって、三者面談どころか四者面談になっちゃうんじゃないの?


せいさ国際高校へ着くと、まさかの旦那さん登場に、先生たちも動揺されているのが雰囲気で感じました。

待って!!違うんですー!!

成り行きで、両親そろっちゃったけど、全く熱心な親じゃないからー。


旦那さん登場に、担任の先生は、緊張されているように思いました。

いろいろな質問が、息子くんや親に担任の先生からされていきます。

「どうかな?学校は慣れたかな?」

息子くんは、得意の優等生面接バージョンで、スラスラ答えていきます。

「はい、まぁ、楽しく過ごさせていただいています。」

母に向けて、担任の先生は尋ねました。

「何か心配な事はありますか?生活リズムの事とか、家庭での様子とかはどうでしょうか?」

母には、全く何も思いつきませんでした。

ええと・・・。ありません。

先生は、動揺したように言いました。

「ゲームをしすぎるとか、寝る時間の事とかありませんか?」

はい、私も、なんともいえない暮らしをしているので、なんとも言えないというのか・・・。

先生は、ちょっと驚いたようにされていましたが、気をとりなおしたように尋ねました。

「それでは、学校に対して何か要望とかはありませんか?」

息子くんが答えました。

「ありません。」

母が答えました。

「もう、じゅうぶんです。何もありません。」

先生は、旦那さんのほうを改めて向いて、しっかりと聞きました。

「それでは、お父様のほうから、何かお話していただいてもよろしいですか?」


旦那さんは、そこではじめて口を開きました。

「学校に通えているだけでじゅうぶんです。」

そうそうと、うなずく家族を驚きの目で見て、担任の先生は言いました。

「ええー!!本当に、いいんですか?本当に、それだけでいいんですかー??」


もう、本当に、我家は、感謝しかないので、他には何もないんです。

今日は、ありがとうございました。

先生じゃないのに、母は先生にお礼を言って、まさかの四者面談は、20分という最速で終わりを告げました。


帰りは、たくさんの先生たちが、挨拶に出てきてくれて、車に乗って門を出るまで笑顔で見送ってくださいました。

旦那さんは、家に帰りつくと、ふらりとよろけながら、二階へと向かい、長い眠りにつきました。


息子くんが、一言つぶやきました。

「この家、親が行く意味全くないよね。これから、三者面談は、オレだけでいいですかって、先生に聞いとくよ。」

うん。ぜひぜひそうしてくれる?

せいさ国際高校には、感謝しかありませんって、言っておいてね・・・。


疲労感ハンパねー!!!

よくわからないけど、叫んでみた母でした。




# by chie_tknr | 2018-08-18 22:38 | 学校の事 | Comments(0)

長い間不登校生活だった息子くんは、不登校だったのがウソのように、せいさ国際高校の一学期をほとんど休まずに登校することができました。

とても楽しそうに、高校でその日あった事を話す息子くんを見ていると、本当に心療内科の先生の言うとおり、無理させずに過ごさせてきて、良かったなぁと思います。

発達障がい・不登校の子供を、元気に過ごさせるということは、日本では、本当に周囲からひどい親だと言われる子育てになってしまいます。

元気なのに、学校に行かせない。義務を果たさないひどい親・・・。

個性を認めず、集団に入ることを第一に考える教育体制では、発達障がいの子供は、能力を出せずに、病んでしまうということを、母は、何度も学校と話し合ってきましたが、受け入れてもらえることほとんどありませんでした。


母の子育ては、いっぱい批難されすぎて、もう何を言われても子供たちが元気に育てばいいじゃないと開き直った頃、息子くんは元気に高校に通えるようになりました。


そして、一学期を終える頃、三者面談をしましょうと担任の先生から電話が入りました。

7月の終わりに三者面談の予定となりました。


母は、せいさ国際高校の先生たちは、本当に優しくて、発達障がい・不登校の子供たちにすごく理解があるので、大好きです。

でも、今までの母の学校との話し合いの日々が、あまりにひどいことしか言われてこなかったので、思いっきりトラウマになってしまっていました。

行きたくないな~・・・。それが、母の本音でした。


母は、カレンダーをふと見て、あ!と気づきました。

次回旦那さんが、単身赴任先の東北から我家に帰ってくる日と、三者面談の日が、同じ日でした。

しかも、旦那さんが帰って来たすぐ後の時間に高校へ行く事になってしまっていました。

そのことを、息子くんに話すと、恐ろしい事を言いました。

「父さん帰って来るんだね。それじゃ、オレさ、父さんと一緒に高校の三者面談に行ってくるよ。」

ええええー!!!

パパは、まずいよ!!!パパには、せいさに、トラウマがあるんだよー!!!


その当時のブログの記事には書いたと思うのですが、少しお話させていただきたいと思います。


それは、さかのぼる事、今から3年前のことでした。

息子くんが中学校1年生の時、せいさフリースクールに入る前に、見学に行った事があったんです。

せいさフリースクールとせいさ国際高校は、同じ建物内にあるので、そこには、高校生たちもいました。

その見学には、旦那さんも一緒に行ってくれていたのですが・・・。

そこで、事件が起きました。


旦那さんは、年齢より若く見える人なんです。若く見える人なのだけれど・・・。

先生と話していたちょっと母が目を話した隙に、思いっきり、やんちゃ系の背の高い高校生の男の子たちに、旦那さんが囲まれていました。

そして、その男の子たちに、旦那さんはこんな事を言われていました。

「せいさ来いや~。楽しいぜ~。」

旦那さんの隣には、無表情に見上げる息子くんがいました。


ん?なに?なにが起きてるの?

大変!!何だか、旦那さんが、青ざめてるー!!

母は、男の子たちの間から、旦那さんを救出しました。


旦那さん、高校生に間違われたー!!!

何か大変な問題を抱えて、途中で編入するために見学に来た高校生に間違えられていたようです。

息子くんのフリースクールの見学で来たはずなのに、ヤンチャな男の子たちには、息子くんは兄に付き添ってきた弟にしか見えてないとか・・・。

いそいで、建物の外にとび出して、母は、旦那さんに聞きました。

大丈夫???


青ざめた旦那さんは、うつむいて、ぼそりとつぶやきました。

「僕は、せいさには、二度と行かない・・・。」


これが、旦那さんが最初で最後にせいさを訪れた日になりました。



パパをさそうのー???

三者面談・・・。母は、本音は行きたくないけれど、旦那さんと息子くんの二人でせいさに行けるのだろうか?

行けたとしても、いきなり担任の先生と話すとか・・・。

ムーリー!!! 

ものすごくめんどくさい事になりそうな予感の三者面談になりました。

息子くんは、父さんを誘ってみると言っていました。

先行きの不安感に、ドキドキする母でした。


~to be continued~


# by chie_tknr | 2018-08-18 15:32 | 学校の事 | Comments(0)

あっと気づくと早いもので、今年ももう半分以上が過ぎていました。

この前、お正月だったのになぁと、ふと母は1月からの出来事を振り返ってしまいました。

1月から、息子くんの高校入学に向けて動き出して。

2月に旦那さんの単身赴任と我家の引越しが決まり。

3月にフリースクールの卒業式と息子くんの中学校卒業や我家の引越しをして。

4月に息子くんの高校入学、そして、旦那さんの単身赴任の引越しがあり。

6月に母は塾を開業して・・・。

半年の間の出来事の多さに、改めて本当に大変だったんだなぁと思いました。


塾開業には、広くてとてもオシャレなお家を、家庭教師をしていたお家の友達ママが、引っ越すからと貸してくれました。

我家の引越しは、フリースクールの子供たちやその保護者の友達ママやパパたちに手伝ってもらえて、引越し難民になりかけたのに業者にたのまずに引っ越すことが出来ました。

だから、大変だったけれど、本当にみんなに助けてもらって、楽しく何とか越えていく事ができたんです。

母は、暇嫌いなので、忙しいのは、苦にはならないタイプです。

我家の子供たちも大きくなって、留守番も出来るし、出かけることも出来るようになった今、母にとって、一番大変だったのは、忙しさではなくて、お金の問題でした!!

母の予想以上のいろいろな事が、一度に起きたので、計画していた家計をはるかに越えたお金が必要になってしまいました!!

それで、旦那さんに、結婚してはじめて、お金の相談をしたところ、旦那さんが何とかお金を集めてくれて、一度は越えることができました。

でも、母と旦那さんで、考え方が全く違っていたことがわかりました。

母は、息子くんのせいさ国際高校に支払う学費は、国の教育ローンを組んで、毎月6万円払っていこうと思っていました。

そして、時期を見て、再来年の娘さんの高校の学費のためにも、少しずつ仕事を増やして、貯金をしていこうと思っていました。

我家の旦那さんは、ローンが大嫌いです。

だから、ずっと家は賃貸にしているし、車もローンではなく現金で以前買ってくれました。

だけど、まさか、教育ローンもダメだとは、母は思っていませんでした。

せいさ国際高校は、通学型通信高校です。

通学する日数は、各自選べるし、本当に先生たちも優しくて、ひとりひとりを手厚くみてくれる母の大好きな高校です。

学費は、息子くんのように、週3日通学するコースでは、一年分を入学時の4月に約65万円支払います。

そして、その後は、毎年3月に一年分ごと一括で支払うシステムです。

分納するためには、提携している教育ローンを使わないといけませんでした。

今回は、12月末日までの返済という約束で、実家の両親が65万円もの大金を、貸してくれました。


旦那さんが、両親からお金を借りた時に、母につぶやいた一言が、母の心に残りました。

「ごめんね、僕の稼ぎが少ないから・・・。」


母は、本当に、申し訳なくなりました。

旦那さんは、一生懸命働いてくれていて、お給料もじゅうぶんもらっているのに、貯める事が出来なかったのは、母が悪かったんだよ・・・。

ごめんね、発達障がい・不登校の二人の子供たちを育てていくのは、母には大変すぎて、そんなに働いてくる事も、節約することもできなかったんだよね。

母の力不足で、悲しませてごめんね・・・。


お金が無い事を、一切責めずに、悲しんだ旦那さんを見て、母は、二度とこんな思いを旦那さんにはさせないし、母もしないと決めました。


母の実家は、とても優しかった父でしたが、ギャンブルにのめりこんで、3千万もの借金を作り、両親は離婚しました。

それを、一人で働いて返しながら、子供三人を大学まで出してくれた実家の母の母の事をしみじみ思い出しました。

母の母の苦労に比べたら、これくらい大したことないじゃない・・・。

何一つ不満を言わずに、働き続けてくれた母の母の偉大さを、今さらながら実感しました。


引越しから3ヶ月経って、家も落ち着き、塾も開業できた6月から、母は、深夜早朝の飲食の仕事を、週3日から週5日にかえてもらって、働き出しました。

時間も、朝6時までだったのを、日によっては、8時か9時まで伸ばして、働き出しました。

母にとって、一番辛かったのは、忙しいことではなくて、お金が無いのに、どうやって先の計画を立てればよいか途方にくれた瞬間でした。

それから、2ヶ月経ちましたが、元気に楽しく働けて、そしてあまり家族にも負担無く暮らせています。

塾のほうも、生徒さん4人と、勉強できるのが、何よりの母の喜びになっています。


もっと働きたいと願ったらすぐに、シフトを工夫して母を働きやすいようにしてくれた深夜早朝の飲食店には、本当に感謝しかありません。

そして、母は、一つワクワクして待っていた日がありました。

母が、満足できるくらい1ヶ月働いた7月の給料がもらえる、次の月の給料日です!!

ドキドキしながら給料明細をみると。

16万7千円!!! おおおおー!!!

以前の給料の2倍になりました!!

母は、旦那さんの会社で入ってもらっていた社会保険を、収入が増えた分自分で負担することになりました。

給料から2万円ひかれましたが、それでも、14万円以上の収入を得ることが出来ました。

それと、塾の生徒さんからいただいたお月謝を合わせると・・・。

なんと!! 独身時代に、幼稚園の先生で働いていた時よりも、高いお金を稼げるようになっていました!!

うわぁ。これは、本当にありがたいよー。これで、何か、また別の大きな出費が無ければ、何とか家計をやりくりしつつ、高校の学費も支払っていけるなぁ。

これって、母にとっては、20才代ではじめて幼稚園に勤めた初任給に続いて、40才代で子育て大変な時期を越えてまたしっかり働き出した第二の初任給かもしれないよねー!!

浮かれた母は、第二の初任給に、何か、記念に買い物をしたくなりました。

けれど、そこに大きな障害があることに、母は気づきました。

母は、自分の物を買うのが、大の苦手です。塾に使う参考書以外、ほとんど買い物をする趣味もない人間でした。

そんな時に、塾の生徒さんが、誕生日を迎えました。

母は、甘いもの好きなあの子なら、きっと好きかも!!

めったに行かないミスタードーナツに行って、生徒さんの誕生日プレゼントにドーナツを買いました。


ああ!!これがいいかも!!

生徒さんの誕生日祝いのついでに、母は第二の初任給祝いに、家族にたくさんドーナツを買うことにしました。

へー。今のミスドは、すごいなぁ。食べ放題とかしてるんだねぇ・・・。

めったに買わないドーナツを山ほど持って、母は家に帰りました。

家族は大喜びだったけれど、結局一人3個が限界で、残りは、冷凍庫で凍らせながら、少しづつ食べることになりました。


15年間、働きたくても満足いくほどは働けなかった母でしたが、いろんな大変な事を越えて、とうとう、今はこれくらいなら満足だと思えるくらい仕事を始めることができました。

娘さんが大学生になった時は、車の免許をとって一人で隣の県の器械体操教室に通ってくれるそうなので、母は、今よりも一日5時間は、暇な時間ができそうです。

その時は、子供たち大学生2人の学費を稼ぐために、もっと働きたいなと、今からたくらんでいる母でした。


大変なのは、いろいろな困難なことが起きてしまうことではなくて、大変な困難な状態を何とかする方法が見つからない時なんだなぁと、しみじみ母は思いました。


健康に感謝しながら、これからもしっかり仕事もその他のいろいろな生活も、いっぱい動いて楽しんでいきたいなと思う母でした。


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# by chie_tknr | 2018-08-17 07:53 | 日常 | Comments(0)

母のゆっくりした時間

今回は、発達障がい・不登校の事というよりも、ただの母ののんびり出来た時間とあまり書かない深夜早朝の飲食の仕事のお話を書いてみたいと思います。

発達障がい・不登校の親は、こんな暮らしもあるのね・・・。くらいなお気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。


結婚前、母は、九州の幼稚園で10年間、幼稚園の先生として働いていました。

ハッキリ言って、真面目な先生ではなく、園長先生の人柄で勤めさせていただけたという、夕方から夜まで出かけるのを楽しみにしているようなお気楽な先生でした。

朝から深夜まで家にいないのが当たり前の独身生活を送っていた母は、結婚して東京に移っても、同じように働いて自由に暮らせるとばかり思っていました。

結婚前から、家事はしていたし、働きながらでも子育てしながらでも、そんなに大変じゃないだろうと軽く考えていた母の予想は、思いっきり裏切られました。

結婚してすぐに、息子くんを妊娠しました。

そして、ものすごいつわりで動けない中、誰も知り合いがいない、土地勘もない母にとって東京は、あっという間に地獄の場所になりました。

本当の地獄は、息子くんが生まれてからになるのですが・・・。

息子くんの生後7ヶ月の時に、娘さんを妊娠しました。

もう、まだ振り返る事すらできないくらいの恐ろしい日々の子育て時代でした。


健常な子の子育てだって大変だと思うんです。学年は違っても年子で、そして、2人とも発達障がい・不登校。

実家は遠く、手伝いはほぼない中、全く自由時間もとれない日々が母を一歩間違えば子連れで心中していたくらいに追いつめていきました。

たった一つの願いは、自由時間が欲しい・・・。少しでもいい、一日ちょっとでいいから、子どもの事を考えないでいられる外に出たい・・・。

辿り着いた時間が、旦那さんが帰って来てくれて、家族が寝静まった深夜11時から早朝5時までの時間でした。

自由時間のためだったら、寝なくたって構わない!!

今まで働きたかった思いを、何とか叶えたい!!

息子くんが小学校3年生、娘さんが小学校1年生になって、夜中に起きなくなったのを境に、旦那さんにお願いして深夜早朝飲食店で働く事にしました。

はじめ週1回から始めた飲食店の仕事も、子供たちが高校生と中学生になった今では、週5回働けるようになりました。

本当に、自由な暮らしのない中で、母が正気を保っていられたのは、子育てとは関係の無いこの深夜早朝の飲食店で、いろいろな人たちと出会って、話せるひと時があったからだと思っています。

この飲食店には、母は、本当に救ってもらったご恩があるので、毎回楽しくあまり損得関係なく、働いてしまっているような気がします。

ここは、駅前の繁華街にある飲食店なので、様々なお客さんが深夜早朝は入られます。

母は、お客さんによく話しかけられます。

昨日のお客さんとの会話をちょっと紹介します。

金髪で夜の商売の二人の男のお客さんが、母に話しかけてきました。

「あのさ、こんな事を聞いて、気を悪くしたらいけないと思うんだけど・・・。」

「ものすごく、目力があるよね。よく言われない?」

「人を殺したことのある目だよね。どうなの?何かしてきてる?」

母は、笑顔で答えました。

ええとですね。ものすごく悪い人間だとは思っていて、直接にはまだ人は殺さずにすんでいると思うのですが、間接的には、わからないなと思いますね・・・。

母の答えに、なぜかその男の人たちは、叫び声を上げました。

「すげー!!!その答え方!!ただ者じゃねーよー!!」

母は、いつも通り答えました。

深夜働いているとこんな感じですよ。普通です。

何が良かったのか、気に入られたのか、ご飯を食べながら、そのお客さんたちは、声を上げました。

「chieちゃーん!!!」

母は、よく話しかけられる時に言うように、お客さんに伝えました。

深夜早朝は、掃除をしないといけないので、しながらで良かったらお話しますよと。

それから1時間ほど、お客さんは話をして帰っていきました。

母は、多動なので、話をしていても、いろんな事をしながら仕事を進められるという特技があります。

そんな感じで、毎回、お客さんと話しながら、仕事をするのが楽しみになっています。

道を歩いていると、仕事帰りに飲食店で食べて帰られるホストの人たちや夜の仕事の人たちに、手を振られて挨拶されたりしています。

早朝は、年配の方たちから今日のニュースや天気を聞かされながら、そして、通勤の今から出かける忙しい人たちと会いながら仕事をしています。

ちょっと、主婦では味わえない面白い世界と関わらせてもらえる深夜早朝の飲食店です。

ここに来ると、みんなそれぞれの世界で、一生懸命がんばっているんだなと実感できます。

学校でどんなに嫌な事をされても言われても、近所から白い目で見られても、がんばって子育てをしてこれたのは、また違った世界で過ごしてこれたおかげだと感謝しています。


最近は、時間を延ばして、夜11時から朝9時まで働いている日もあります。

だから、今度は、昼の時間に働く店員さんにも会えるようになって、また面白い発見をしています。


今日は、お盆休みで、娘さんの器械体操に夕方4時から行かなくてよくなりました。

帰って来て、ゆっくり眠って、携帯小説を読んで、今、のんびり記事を書いています。

いやー。ゆっくり出来た日でした。

今夜は、10時過ぎくらいから、また深夜早朝の飲食店に働きに行ってきます。


母にとっての、ストレス解消は、仕事でした。


発達障がい・不登校の家庭は、本当に大変で、子育てをしていくには、ストレスとの戦いの日々です。

だから、それぞれ、その人に合った方法と、家族との時間のバランスを上手く工夫して、好きな時間を作りながら子育てをしていって欲しいなと思います。


今は、大変な子育てでも、自由の全く無い暮らしでも、辛抱強く願い続ければ先では、叶う時もくる・・・。

ゆっくりだけど、子供たちは確実に成長していってくれます。

元気な子育て。それを心がけたなら、あとで親が楽になるんだなと15年経って、最近感じた母でした。






# by chie_tknr | 2018-08-14 18:57 | 日常 | Comments(0)