今年も、バレンタインがやってきました。

我家では、毎年、娘さんと一緒に母は、バレンタインチョコをつくります。

旦那さんが、今タイに出張中なので、母は、全くやる気なしでした。

でも、娘さんは違いました。

かなり前から、動画でチョコ作りを調べて見ていたようです。

テンション高く言われました。

「ママ、今年は今までで一番難しいのに挑戦するからね!!」

「チョコレートと水あめがいるから。」

へぇ。どんなチョコレートを作るの?

『バラだよ。』

バラって、あの薔薇???


娘さんは、マジでした。

バラチョコ作りは、2日に渡りました。


1日目は、生地を作りました。

チョコレートを湯せんでとかして、分量の水あめを温めて、少しずつ混ぜていきます。

そして、よくまぜるとツヤツヤの生地が出来ました。

それを、ラップで包んで、一晩ねかしました。


2日目、バレンタインデー当日の朝から、娘さんは、バラを作っていきました。

まず、生地をめん棒でのばします。そして、型で丸くぬいていきます。

真ん中のしんを作って、それに、一枚一枚花びらをつけていきます。

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チョコレートと水あめの生地は、やわらかくなりやすくて、少し作っては、冷蔵庫で冷やしてを繰り返しながら、根気よく作っていました。


残った生地を丸めて、ココアをまぶしたチョコも作りました。


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うまい・・・。これって、バラだよねー!!!

娘さん、いつの間にこんな技を身につけたの?!母は、驚いてしまいました。


バラチョコを、箱につめて。


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ラッピングをして完成!!



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メチャメチャはりきって、娘さんは、三歳のときからずっと好きな幼馴染の男の子に、今年もチョコレートをあげました。


「オレ、結構上手いんじゃね?」


大満足な娘さんでした。






# by chie_tknr | 2018-02-17 18:38 | 日常 | Comments(0)

母は、係りの人に案内されて、教室の一番前の席に座りました。

母は、今回、何もわからないまま講習と試験を受けにきました。

特に勉強してくることとか、持ち物なども言われていなかったので気楽でした。

でも、どうやら違っているようだという事が、講習会が始まってすぐにわかりました。

とても優しそうな年配の女の先生が、今回の先生でした。


横浜会場が、直接先生を前に講習を受ける場所になっていて、他には、北海道や九州などなど衛星放送で、つないでの講習会でした。

先生が、言いました。

「さて、皆さんは、レポートを書いて、授業を受けてここに来て下さっています。」

ん?え?そうなの?

母がその授業を受けたのは・・・。7年前だー!!!

そんな前で理解できるのー???

ちょっとパニックになりそうだった母ですが、先生の講習が、本当に母にとっては、ドストライクに入ってくる内容でした。

自閉症の始まりから、自閉症児の進路や生涯設計、理解と支援。そして、今後の課題についてなどなど・・・。

どの話も、長い間、先生自身が、自閉症の子どもたちとその親と、真剣に関わってきた事からくる、実践の教えでした。


この先生なら、母の悩みを聞いてくれるかも?相談してみたい!!

母は、この8年間、ずっとこうやって、大学で出会える先生たちに、自分の子どもや周りの子どもたちの相談をさせてもらってきました。

なかなか、普段は会えない先生たちに、大学では、直接相談する事ができるんです!!


20分休憩になりました。

ちょっと、他の人が相談するなら、後で・・・と思いましたが、相談するのは、母だけでした。

先生のところに行って、お話させていただいてもいいですか?と尋ねました。

先生は、ニコニコ笑って、聞いてくださいました。

母は、悩んでいることを尋ねました。


私は、不登校で、発達障がいの子どもたちを預かってフリースクールや家庭教師をしています。

今、私の地域は、やっと各小学校に部屋を作って、もと通級の先生が、支援する子の時間に合わせて巡回指導するそうです。

でも、そんな支援で、不登校の子が、学校に行けるとはとても思えないんです。

まだまだ支援が充実していくには、時間がかかるのでしょうか?


先生は、じっくり聞いて下さって、母の聞きたかった事をズバリ答えてくれました。

「あなたの住んでいるとこは、ダメよね。まだまだ相当な時間がかかるわよ。役に立たないのよ。」

「あなたは、どんなに小さくてもいいから、塾をしたり、ずっと支援を続けていってね。その小さな活動が、子どもたちを救っていく事になるからね。」

「親は、いいところに入れたがったり、期待ばかりするものよ。だけど、大事なのは、その子が働いていけるようになっていく事。その子が居心地良く生活していけることだからね。」

「学力も、その子の才能を伸ばす活動も、幅広く体験させてあげて、それを仕事につながるようにしていく事が大事だから。」

「いい?とにかく、どんなに小さくてもいいから、あなたは、ずっと支援を続けるのよ。よかったわ。その場所に、あなたみたいな人がいるってわかっただけで、本当に良かったわよ。お願いね。」


母は、本当にすごい先生に出会えたなと思って、感動しました。

今日、この講習会に来て、これからの母の行く道を教えてもらえたように思いました。


先生が、講習の中で話してくださった中で、衝撃だったことがあります。

「昭和44年には、自閉症の子どもたちの親は、通級を作って欲しいって言っていたの。でも、その当時の文部科学省は断ったのよね。だけど、だんだん子どもが減ってきて、先生が余るようになったから、平成5年になって、余った教室を使って通級指導教室がはじまったのよ。」

「この国の支援は、いつもいつも後手後手なのよ。だけど、施設やそれぞれの場所で、自閉症の子どもたちを支援し続けて来ている人たちもいる。」

「障がいのある人もない人も共に暮らす共生社会を目指すとは言っても、簡単なことじゃない。そこには様々なやっていかなければできない事があるのよ。」

先生は、小学校の普通級から、特殊学級へと進み、研究所も行って、支援員もしてみたと言われていました。

長い年月支援し続ける事の大切さを、母は学びました。

先生は、どんな人だろう?

帰り道で、母は、調べてみました。

『寺山 千代子先生』

あー!!!
この先生。母が、昔、息子くんをぜひ入学させたいって思って問い合わせた事がある武蔵野東学園のもと理事長先生だよ!

武蔵野東学園は、自閉症の子どもと健常の子どもたちを一緒に教育していく学校です。

その当時、家から出ることもできない息子くんには、到底無理な場所でしたが、母は、今でも、時間ができたら見学や勉強しに行きたいと思っている学校でした。

すごい先生に出会えたよ!!!
またいつか、悩んだときは、相談させてもらいたい!!

さっそく先生の本を取り寄せて、読んでみることにしました。

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久しぶりに行ったせいさ大学で、受けた講習会は本当に勉強になりました。

「このやり方でいいんだと思わずに、いろんな方法を学び続けていってください。」

寺山先生の言葉を、ずっと忘れないでいようと思います。


AS(自閉症スペクトラム)サポーター講習会後の試験は合格できました。

申請を出して、資格を取りたいと思います。

勉強させてもらえることに感謝して、少しでもいいから誰かのためになれたらいいなと思う母でした。







# by chie_tknr | 2018-02-14 21:48 | 学校の事 | Comments(0)

昨年、母は、スクーリングで念願の横浜まで行く事ができました。

ほとんどの単位は2年ほどで取り終えたのですが、近くても横浜に行かないと受けれないスクーリングがありました。

子どもたちの成長を待ち続けて、5年経って、やっと長時間留守番できるようになりました。

7年がかりで、支援専門士の資格をとりました。

今回も、同じ横浜会場に、AS(自閉症スペクトラム)サポーターの講習会と試験を受けに行きました。

息子くんももうすぐ高校生。娘さんは、中学二年生です。

そして、旦那さんは、タイへの出張中。

楽々なお出かけになるはずでした・・・。


そこは、いつもながら一筋縄ではいかないchie一家です。


旦那さんがいない事をいいことに、二階の旦那さんの部屋をのっとって、快適に暮らす息子くんが、こんな事を言いました。

「母さん、オレさ、風呂場の赤カビが気になるんだよ。耐えられないんだけど、明日、カビキラーしてくれないかな?」


えええー!! 明日は、昼前には、横浜に向けて出かけるんだけど。カビとりは、すぐじゃなきゃダメなの?

息子くんは、悲しく言いました。

「オレさ、歯ブラシの古いので、カビをとってるんだけど。きりがないんだよ。一度、いっぺんに掃除して欲しいんだ。」


ああ、そうなんだね。できるだけがんばってみるよ・・・。


息子くんと娘さんに、お金を明日は置いておくから、好きな昼ごはんと夕ご飯を買って食べてねと伝えました。


すると、娘さんが、言いました。

「あ。それさ、ママが昼も夜も買ってきてよ。だってさ、最近わかったんだけど、お金もらって自分で買ってきたときより、親が買ってきたときのほうが、良い品物が手に入るって、気づいたんだよね。」

ああああ・・・・。そういえば、確かにそうかもしれない・・・。

悪賢くニヤリと笑う娘さんに、めまいを覚えました。

好きそうだなと思うと、つい買ってきてしまう母の性格を見破られてしまっていました。


余裕のはずの横浜が・・・。

前日の夜中から朝までストーカー子猫サビーに付きまとわれました。

早朝から家事プラスなぜか風呂場のカビ取りをし、ご飯を買いにいったり、作ったりして・・・。

出かけようとすると、ストーカー子猫サビーが、玄関までついて来て、一緒に出ようとします。

一階と二階の階段を何度も一緒に駆け回って、そして、ねずみのおもちゃを投げて取りに行った瞬間にやっと外に出ることが出来ました。


ふー。疲れたー。出かけることが出来て、良かったよー!!

母は、やっとつかんだ自由を、今日は満喫しながら横浜を目指す事にしました。


一時間半ほど電車に乗って、ちょっと早くせいさ大学がある横浜の駅に辿り着きました。

母、以前から、気になっていたお店がありました。

それは、駅中にある、おそばのチェーン店です。

いつか、食べてみたいって思っていたんだよねー。

今日こそ、今日こそ、一人で、入っちゃうよー!!!

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母の二番目に好きな食べ物カツ丼と、三番目に好きな食べ物おそばのセットがありました!!

メチャうまー!!!

630円。ものすごく母が好きな味で、一人感動して食べました。

思わず、満面の笑顔で、美味しかったです!!と店員さんに声をかけてしまいました。


そして、幸せだーと、何年ぶりかの一人でお店で食べるという事をして、ゆっくり20分くらい歩いてせいさ大学の会場へ向かいました。

あれ?

母、いつの間にか、若い男の子と女の子の大群の中にいました。

大学生かな?


え?この言葉は、何?

思いっきり日本語じゃない言葉が飛び交っていました。

フィリピン?韓国じゃないよね。顔は、アジア系だよ・・・。

ワイワイ言いながら、シャメを撮っていました。

いいねー!!母も、真似して、風景を撮りながら歩きました。

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天気もいいし、なぜか、一緒に入れてもらって歩いてるし・・・。

母は、上機嫌で会場に向かいました。

男の子も女の子も、せいさ大学の横浜会場に入っていきます。

あら?みんな一緒の講義を受けるのかな?

興味本位でみんなのクラスの前までついて行ってみました。

すると、一クラス全員、外人さーん!!


母は、悟りました。この子達とは、違うクラスだと。

そこは、福祉専門学校もかねている会場でした。多分、日本で介護を学ぶ学生さんたちじゃないかなと思いました。

気をとりなおして、のん気に、自分のクラスを探しました。


ありました!!

ドアの上に、ASサポーター会場と書いてあります。

うんうん、5分前だし、間に合ったよねと、ドアから中をのぞいた途端、母は、立ち止まりました。


中には、クラスいっぱいに座っているたくさんの人たち。

シーンと静まり返った緊張した雰囲気と・・・。

一番前の席しか空いていないという、予想外の場所でした。


え?そうなの?これは、大変な講習だったの?

旅行気分で楽しくやってきた母は、何か大きな間違いをした気がしました。


ここまできたけど、帰りたいー!!!

思わず、心の中で叫んだ母でした。



~to be continued~




# by chie_tknr | 2018-02-13 15:27 | 学校の事 | Comments(0)

慌しい日常の中、すっかり忘れていたのですが、母は、まだ大学生をしています。


息子くんや周りの幼馴染の子どもたちが、小学校に入学してからパニックになったり、学校からひどい扱いを受けて途方にくれた8年前。

わらにもすがる思いで、市の教育相談や専門家に、相談しつづけました。

それで、やっと今も通っている心療内科の先生から、『発達障がい』という特性を持つ子どもだという診断名を聞きました。


母は、10年間九州で幼稚園の教諭をし、3年間息子くんと娘さんの幼稚園で未就園児のクラスの補助をしましたが、その診断名を知りませんでした。

『自閉症』という診断名は知っていて、何人か受け持った子どもたちを、九州の大学の専門のセンターに付き添って、そのトレーニングにも立ち会ってもきたのですが、みんなもっと症状は重い子どもたちでした。

我家の子どもたちも、幼馴染の子どもたちも、健常の子どもたちにものすごく近いんです。

意思疎通はできるし、言葉も話すし、基本的な生活習慣もできなくはない・・・。

でも、だけど、集団になるとパニックを起こし、小学校から逃走したり、食べ物も生活の中での行動もこだわりが強すぎて、ありえないほど育てにくくて・・・。


いつもいつも、批難されつづけました。

育て方が悪いんだよ。もっと厳しく育てないからそんな子になってるんだよ。親の顔が見たいよね・・・・。


そんな中、はじめて、心療内科の先生だけが、言ってくれたんです。


「ああ、それは、育て方とかじゃないよ。脳の問題なんだな。治るっていうわけじゃないけど、無理させないように育てていけば、高校生くらいになったら、周りとかわらなくなるものなんだ。よくいるだろ、あの人ちょっとかわってるよね。それくらいにはなる。」

「離れた島とか、田舎に引っ越しちまえば、全く気にならない子育てができるぞ。東京とか、都会は一番暮らしにくい子どもたちだな。」


そうだよね。そうだよ!! ほら、やっぱり、親のせいじゃないじゃない。ものすごく大変な子育てを年子を抱えてしてきたからね。

全く、手は抜かなかったもの。母のせいじゃなかったんだよー!!!

ホッとして、うれし泣きしながら、子どもたちを連れて帰ったとしても、待っているのは、過酷すぎる現実でした。


小学校という義務教育は、何もわからない母には、高すぎる壁でした。

もっと、息子くんの状態を見てもらえないだろうか。辛そうだったら、無理させないで、保健室に行かせて欲しい。

母が、何を言ったって、先生たちは聞いてくれませんでした。

まったく、この親は、メンドクサイ。過保護な親だから、こんな事を言っている・・・。

ひしひしと伝わってくる責められる雰囲気の校長室で、母は、訴え続けました。

母の訴えもむなしく、学校側の対応の悪さから、息子くんは症状を悪化させ、小学校1年生の終わりに、とうとう病んで起き上がれなくなりました。


母のほかにもひどい扱いを受け続けている幼馴染の家族を見て、決意しました。

ふざけんな!!

まともな専門家に会わないじゃないか!!

『発達障がい』ってことがわかっても、どうやって学校に通わせればいいんだよ。どうやってこれから子育てしたら無理させないんだよ。


我家は、旦那さんの仕事が大事で、引っ越せないんだよ。

家族離れたって、この先、いいことなんかあるかわからないじゃないか。

ここは、思いっきり東京だぞ。これからも都会でやっていくにはどうしたらいいんだよ!!


だれも教えてくらないなら、自分でさがしてやる。

こうなったら、学校の先生も軽く見れない専門家になってやるよ。

そして、わが子も、周りの子も、元気に育つ道を見つけてやる!!


これが、母がせいさ大学に入学した昔話でした。

いやー。本当に、苦しんでたなぁ。

まだ、その当時の事を書いた自分の記事は、トラウマがよみがえりそうなので、実は振り返って読めてないんです。

学校は、苦しいことばかりでした。


母が、支援専門士の資格を取れたのは、つい最近の事です。

取れる頃には、もう子どもたちも中学校になってしまっていて、学校との対応にも余裕が出てしまった時でした。


母は、大学は、あと卒論を残すのみになっています。

でも、もう一つ、取れる資格があることに気づきました。

資格って、今さらいるかな?

我家の子育てにおいては、必要ないのですが、もしかしたら、この先、誰かの役に立つ事もあるかもしれないと思いました。


半日講習を受けて、試験に合格すると取れそうな資格がありました。

母は、受けてみることにしました。


『AS(自閉症スペクトラム)サポーター』

自閉症スペクトラム(以前、自閉症と言っていた言葉がかわっています。)の人たちが、社会で心地よく生活出来るようにサポートする資格です。


家庭教師とフリースクールと、深夜早朝の飲食の仕事を全部お休みさせてもらいました。


母は、二時間近くかけて、横浜にあるせいさ大学の学習会場へと久しぶりに行くことにしました。



~to be continued~





# by chie_tknr | 2018-02-13 10:10 | 学校の事 | Comments(0)

母のストーカー子猫サビーが、一番恐ろしいのは、母が外出から帰った後です。

一時間以上、ずっと体を撫でてくれとすりより続けます。

そして、母が横になると、布団の上からずっと母を踏み続けます。

撫で続けて、かまい続けてやっと安心したように、エサを食べに行ったり、自分のクッションの上に乗りに行ったりします。


サビーは、愛媛の保健所で保護されて、東京の保護団体に来たばかりの生後2ヶ月過ぎで我家に来ました。

やっぱり、いろいろ辛い事があったり、ママ猫と離れて寂しかった後遺症なのかなと、母は、ストーカー子猫は、しかたがないと思いだしました。


でも、ただでさえあまり寝る暇がないのに、睡眠時間を邪魔されるのは困ります。

それと、深夜早朝の仕事に行くのに、旦那さんに押さえ込んでもらわないと行けない位の後追いなのも困ってしまいます。


それで、とにかく、できるだけ母のそばにいさせてしまえと思いました。

満足さえすれば、母の邪魔はとりあえずしないで、そばにいてくれます。

やっぱ、それでもいるんかい!!という事は、もう諦めました。


それで、少し前から、隣の県の器械体操教室に、5時間外出するときは、サビーも一緒に連れて行くことにしました。

最初は、昼だけ連れて行っていたのですが・・・。


もう、平日の夜も、連れて行っています。

車の中に、ライトを入れて、簡易ストーブをつけて、娘さんの器械体操中は、車の窓から、娘さんの器械体操を見つつ、小説を読んだり、メールを送ったりしながらサビーと一緒に過ごす事にしました。



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これで、外出後に母がサビーに絡まれ続ける悩みは、解消できました。

ただ、一つだけ問題が・・・。


外出先で、ぐっすり母の足の上で寝ているサビーは、家に帰って、ものすごく元気になります。

あんことビリーを追い回したり、旦那さんや娘さんの部屋に出没して、いろんなところに乗っては、遊び続けます。

そして、静かになったなと、サビーをさがすと・・・。


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温室の上にある植木鉢の中で寝る、植木鉢猫になっていました・・・。


今夜も家族の叫び声が聞こえます。

でも、母には、つかの間の平和が訪れます。

これからもドライブ子猫サビーは、続くと思う母でした。












# by chie_tknr | 2018-02-09 08:27 | ペット・植物 | Comments(0)